2019年08月07日

表現の不自由という名のチキンレース

多くの税金を使って「どこまでの表現なら許せるか」というチキンレースを行っている県がある。

どこまで許されるのか試していると感じざるを得ない。わざと感情を揺さぶるような表現を選んで展示しているからだ。

そこにモラルはなく、ただこれを排除したら「表現はしんだ」と言いたいだけなんでしょう。

表現なら何をやっても許されるということはない。法的責任には問われなくてもモラルには引っかかる。

そこで何を感じたかを表現し行動を改めさせようとするのもまた人間の心理というものだろう。

なので、その表現をやめろというのも1つの表現なので一方的なものではないことを言明すべきである。

玉川徹「表現の不自由展」の展示中止は「先進国として恥ずかしい。その一言に尽きます」

この意見こそ表現を不自由にさせるものではないか。これに文句を言うなというのは表現をはき違えている。

最近の日本では調和を考えずに一方的な権利主張が横行するようになった。

そのせいで割に合わない産科医は減り続ける一方で金になる他の医者は増えるという現象が続いている。

日本という国が落ちぶれ続けている中で「日本はスゴイ」という番組が多いのも奇妙な話。

おそらくいまだ日本は先進国だと思っている人向けのメディア操作の一環なのだろう。

株価は回復したし政権はこのままでいい。そう勘違いさせるためのメディア。しかし、現実に日本は後退している。

ITは外資が増え、いずれ下請けばかりという状況になるだろう。新しい芽を育てることなくきてしまったのだから。



Posted by ヴィヴァー at 10:43 │政治経済

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表現の不自由という名のチキンレース